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人にとって文化とは何か 「レンバタ島ラマレラ村の現在」を聞いて 

 平成19年1月27日に行われた第34回“地球に未来を”講座は、講師として、江上幹幸氏、小島曠太郎氏を沖縄からお招きし、環境問題を考えました。
 小島氏、江上氏は、1993年7月に初めてラマレラ村を訪れ、年に一回は必ず現地行くそうです。その当時、ラマレラ村はあまり知られていなかったようですが、近年は各国の取材クルーがこの村に足を運ぶようになりました。映画やドキュメンタリーが製作されるようになり、インドネシアの片隅にある小さな村が世界的な注目を集めるようになりました。
 小島氏と江上氏がこの村と関わりをもって、すでに13年余りが経ちますが、今回はここ数年で起きたこの村の劇的な変化について、話して頂きました。
講座写真1(第34回)

ラ マ レ ラ 村 と は
 インドネシアの東部には島が点在する場所があり、その一つの島がラマレラ村のあるレンバタ島です。沖縄本島と同じ面積を有し、人口は約10万人で、多くの人が焼畑農業によって生計を立てています。東フローレンスという海に面した地域にあるラマレラ村には約2千人が生活しており、生計は漁業です。またイエズス会の伝道により、その際に多くの人がキリスト教に改宗しています。
 ラマレラ村が大きく関心を集める理由は、村人たちがマッコウクジラを捕え、その肉を山の人々と物々交換し、それによって生計を建てていることです。ここで小島氏は、ラマレラ村の男たちが捕鯨をしているシーンのビデオを見せてくれました。
 何隻もの船がクジラを囲み、男たちが大声を出し合い、その中の一人が槍を持って体ごとクジラに体当たりする場面は、まさに命懸けといった印象を受けました。この光景を見ただけでも、クジラが彼らの生活から切り離せないものであり、ラマレラ村の人々のアイデンティティーに深い影響を与えていることが分かります。
 捕まえたクジラは村に持ち帰り、海岸で解体し、その肉はその場で村人に分配されます。上でも述べましたが、この肉は山に住む人々との物々交換、つまり貨幣の役割を果たします。
 女たちは40キロから50キロにもなるクジラの肉を頭に乗せ、定期市に参加したり、行商の旅(長いときには1週間も)に出かけます。そこで、「海でしか取れない」クジラの肉と「山でしか取れない」野菜などが物々交換されるわけです。
講座写真2(第34回)


ラ マ レ ラ 村 で 起 き た 劇 的 な 変 化
 ここで江上氏は1994年から2005年までのラマレラ村で捕獲されたマッコウクジラの捕獲数の表を見せながら、ラマレラ村やその周辺で起きたこと、またその出来事によってラマレラ村の文化が変容していく様子を述べてくれました。
 1999年には、インドネシア政府の体制が変わり、中央集権から地方分権へという政策の転換があり、そのためラマレラ村にもインフラ整備の手が入り、道路などの近代的な生活基盤が整うようになりました。またこの年は、稀に見るクジラの不漁の年でした。この年、インフラ整備とクジラの不漁という出来事が重なったことがきっかけで、ラマレラ村の人々は捕鯨の際に、石油を使う動力船を導入しました。結果、翌年からクジラの捕獲数は回復し、これを機に動力船の導入が急ピッチに進められました。
 これ以降、伝統的なプレダン船と動力船がセットになって捕鯨をするようになり、伝統的な捕鯨スタイルに変化が生じます。
 しかし一旦回復したクジラの捕獲数は2004年あたりから、また減少の一途をたどります。その理由は、漁に出る際に若者がプレダン船よりも動力船に乗ることを選択してしまい、漁に出る回数が減少してしまったからです。今まではプレダン船という手漕ぎの船で漁に出ていましたが、動力船の場合は、別途に石油代というコストが掛かってしまいます。一回の漁のコストと利益がマッチしないという事情によって、動力船での漁の回数も減ってしまい、漁に出る回数自体が減るという悪循環が発生してしまいました。
 また近年では理由は分かりませんが、クジラがラマレラ村近海に現れなくなってきたというのです。また動力船によって捕鯨をした際、クジラはその船の動力機だけを狙って噛み付いてきたそうです。ラマレラ村の老人は、「伝統的な捕鯨スタイルを捨て、動力船を取り入れたからだ」と言っているそうです。
 昔から人とクジラに間にある伝統的なルール(約束)を破ったため、クジラが怒ってしまったのではないか、理屈では説明できませんが、私にとっては何故か説得力のある理由として響くような気がします。
 最後に江上氏は「現在、ラマレラ村には電気や車が入るようになったが、村の人々の生活は決して豊かになっていない。むしろ、それらに払う対価のために生活は貧しくなっている」と言い、講座を終了しました。

講 座 を 振 り 返 っ て
 現在、世界では「文明」と「文化」が対峙し、混乱を引き起こしているのが、大まかな構図ではないでしょうか。「平等」や「民主主義」といった概念を絶対と見なし世界に広めようとするアメリカを始めとした「文明」国がある一方、自分たちの「文化」に固執し原理主義化するイスラムという概念がある、といった構図です。
 一見、この二つは相反しているようですが、人々は自分たちのアイデンティティ、つまり生きる意味を「文明」か「文化」に求めるという点は共通しています。しかし両者とも、これらイデオロギーはより良い社会を設計するための手段であるのに、それを見失い、目的化してしまった結果、両者が共に形式化、原理主義化してしまい、さらなるニヒリズムに陥っているのではないでしょうか。
 ラマレラ村の人々は捕鯨というその土地で育まれた文化よって、自分たち社会の安定性を保ってきました。しかし近代化という文明が入り込むことによって、その土地と人々の関係が希薄になり、文化が破壊されます。これによって、ラマレラ村の人々もニヒリズムという病理に犯されつつあるというのが、現状なのではないでしょうか。
 今回の講座を通じて、文化や社会(共同体)は人にとって生きるための大きな基盤であるということを強く感じました。近代化(文明)は、文化や共同体の繋がりを遮断する側面を持ち、そのような社会になればなる程に人々の道徳観や倫理観を支える基盤がなくなり、結果的に、それは人の生きる意味を喪失させることに繋がるのではないでしょうか。最近の日本社会で発生する理解しがたいような犯罪は、まさにこのような背景に拠るものではないかと強く感じます。
 捕鯨をすることによって、文化や共同体の繋がりを保っていたラマレラ村を通じて、私たちは、自分たちが見失ったもの、本当に大事なものというものを見つけられるのではないか、と今回の講座を通じて思いました。
講座写真3(第34回)



芦澤 俊
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