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「核政策」、「核兵器」を真面目に見詰めよう 

平成18年10月9日
代表 西 兼司

 北朝鮮核実験実施というニュースの中で、第32回講座を迎えることになりました。テーマは「再起動する原発政策の問題点」です。講座の前に、その講座への参集を訴えるために、表記のことについて私見を若干、述べておきます。
 本日、午前11時30分頃、ニュースを見ようとしたところ、「北朝鮮地下核実験実施」という第一報が入ってきました。後はテレビのどの局を見ても関連ニュースの洪水です。「核実験にしては規模が小さすぎる」、「目的が核兵器保有阻止であった以上、六者協議という枠組みは意味を失った」などという識者コメントも伝えられています。

 この原稿を書いている時間(9日午後4時)では、はっきりしませんが、おそらく時間とともに、この核実験はかならずしも成功ではなかったという要素が強くなってくるでしょう。同時に、韓国、中国、ロシアの庇護政策の熱意も急速に下がり、金正日政権覆滅の緊張感が高まってくるに違いありません。86年1月の黒鉛炉運転開始以前から核兵器保有構想はあったことに間違いはないのですから、おそらくは30年間の悲願達成なのでしょうが、それが、「金正日政権覆滅」の国際的正当化と一体だというところに寂しさが漂うのは否めません。栄枯盛衰は世の做い、諸行無常は世の常とは言え、東アジアに「易姓革命」の旗が立てられることは避けられない時の勢いということなのでしょう。
 そのような私の想いが適当か否かは別として、「北朝鮮地下核実験実施」という事実から、強く見て取れるのは「権力にとっての核兵器の無窮の魅力」です。「大量破壊兵器の王」という軍事的側面だけではなく、「核保有国にとっての核独占固定化という核不拡散体制への打撃」という政治的側面でもそれは看て取ることが出来ます。
 北朝鮮のことは北朝鮮のこと、他人事です。しかるべく対策を取る必要があると考える人が、考えて対策を打つでしょう。北朝鮮難民発生への恐怖は周辺国全ての抱える困難として変わらないのですから、なんとか政権覆滅にとどめて、国家解体には追い込まないように、しかるべく、えげつない手が打たれるだろうと観測しておけばよいことです。
 我々が見落すべきでないのは、実は「権力にとって」だけのものではない、「核兵器の無窮の魅力」です。世に対立矛盾があり、その中に身を置いて生きる他ないのであるならば我慢忍耐と宥和妥協だけではなく敵者覆滅という情動が生じることはやむを得ないことです。そして敵者覆滅ということを直視するのならば、「孫子の兵法」のような勝つための様々な考察が出てくることも避けられないと同時に、勝つための条件作りの一つとして武器、兵器への衝動が出てくることも認めなければなりません。
 現在のところ、核兵器が、ある種の絶対兵器としての地位を確保している以上、核武装への衝動は普遍的に存在していると言うべきです。敵対矛盾があると認識されるかぎりあたりまえのことです。ただ、核兵器は常識的に考えて、刀剣や銃のように、個人や小集団の管理や使用に対応出来るほど簡便なものではありません。スーツケース原爆などと言っても同じです。また破壊力が大きすぎて使用者の安全確保が難しい。だから、国家の戦争以外には自爆テロにしか使えない、使用の困難な武器であるということです。
 こうした使いにくい武器であるという以外に、核兵器が拡散しない理由はないのだ、ということをはっきり認識しておくべきです。もちろん、実際には1963年発効の部分的核実験禁止条約(日本の批准は64年)以来、1970年発効(日本の批准は76年)の核兵器不拡散条約(NPT)、不拡散のための様々な輸出管理レジームの創設、1987年発効(日本の加入は88年)の核物質防護条約、1977年採択の国際プルトニウム指針など着実に核不拡散体制が国際的枠組みとして作られてきていて、監視の目が行きとどき、一般的な意味で核兵器開発が難しくなっていることは確かです。
 しかし、これも本質的な制約であるはずがありません。1964年に中国が核保有国になりました。公式には認めておりませんがイスラエルが核保有国であることを疑う人はいません、印度とパキスタンが核保有国となったのはつい先日のことでした。そして、本日、北朝鮮が核保有国となりました。アルカイーダも多分、核保有集団になろうとしているのでしょう。
 万難を排して意志ある者が核保有者になろうとしているのは、敵対矛盾があると考えられる条件の下では、あまりにもあたりまえの事です。これを直視しなければ、強者による弱者支配を追認するより他ありません。逆に、直視すれば直ちに弱者による強者の核独占への挑戦は許されると言うべきなのか、どうか。許されるのは当然ですが、自分自身が挑戦するのでないなら、いずれにせよ、傍迷惑、実は騒動と危険が大きくなるだけで困る、というのが本当のところのはずです。
 こうした軍事と関わることにおいてしか、核問題は成立しないはずです。核放射能が危険なものなのだという認識が共有されていれば、です。水力発電や火力発電と全く同じ原理で、すなわち磁気タービンを磁石との間で回転させ、発電して電気を得る(文明的生活の基盤を確保する)ために、核分裂エネルギーを使うという発想は、その発想そのものがおかしい、少なくとも、その発想には裏があると考えるのが、素直な思考というものです。タービンを回すための蒸気を得るために、つまり、沸騰したお湯を得るためにウランやプルトニウムを使うという発想そのものが馬鹿げています。明らかに核分裂速度の制御の安定度を増す実験と二次核物質プルトニウムを得る必要のために、「原子力発電」などという奇妙なものが事業化、産業化されたのでしょう。
 旧ソ連の核保有以来、米ソの核軍拡競争の中で、産業的結末について、まともに考えずに、「原発産業」がアメリカにおいて政策的に成立させられたのは、客観としては理解できます。ソ連の事情も同じでしょう。日本でも正力松太郎の腹の中に「核武装大国・日本」が存在したのだろうということは理解出来ます。
 しかし、現在、日本であるいは原発産業に関わる人々の中で歴史的にも、発想の感覚から考えても、「核武装」と「原発」と「核使用」が不可分のものとして結びついてるはずだ、ということを承知している人がいるのでしょうか。いないはずはないが、自覚の強さということでは、いろいろあいまいなことが多いのでしょう。「核兵器は製造せず、保有せず、持ち込ませず」という非核三原則の形成(岸内閣)、「第一は非核三原則、第二は核軍縮、第三は米核抑止力への依存、第四は核エネルギーの平和利用」という核四政策の表明(佐藤内閣)が、核政策についての想像力を奪ってきたという側面はあるのだと思います。もちろん、その前には広島、長崎の被爆と第五福竜丸の被曝体験があります。
 軍事と積極的に関わることにおいてしか、核政策は発想しえない、ということを長い戦後60年は失念しています。核武装から本当に離れて核の平和利用、ことにその中核としての原発産業はありえない、ということを見失っています。これではいけない、もっとまともに核武装と原発と核使用を連動させて考えなくてはならない、そうでないと見失うものが、あまりにも大きすぎると、とりあえず言明しておきます。
 周知のようにアメリカは「9.11」以降、「テロ戦争の時代」を宣明しております。「イスラーム原理主義との戦争」とも呼号しております。世界を主導している国家が国家の存亡を賭ける戦争の時代だと言っているのですから、多分、戦争の時代なのです。戦線がまだ、我々の目前に登場していないだけのはずなのです。
 核政策が否応なく真剣に問い質される日が、せまってきていると思わざるを得ないのです。
以上
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